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昭和45年、1町4村の合併により、名護市が発足した。合併後の人口増加、市の業務量増加などから、市庁舎建設は、かねてから市の懸案事項であった。
市民サービスの向上、新しい市のシンボルとしての市庁舎、地域自治の拠点となる建物・・・・・そのような「市民の市庁舎」を考えるために、昭和51年8月市民各層の代表(19名)からなる「名護市庁舎建設委員会」を設置し、庁舎の位置、規模などの検討にとりかかった。
敷地の選定に当たっては、市の将来人口の予測、職員数の予測、それに基づく庁舎の規模の算定、交通網との関連の検討、庁舎のシンボル性、景観的な問題の検討などを行った。そして昭和52年6月、同委員会は市街地のほぼ中央部の教育委員会敷地が庁舎の位置として適当であるとの答申を行った。
この答申を受けて、市では同敷地の用地買収(私有地部分)、庁舎建設基金の積み立てを開始した。
建設委員会では、次に庁舎の設計方法についての検討を行った。市庁舎という市民の財産となる建物を創るなら、設計案は広く公募して求めるべきである、という意見が委員より出され、その方法として「2段階・公開設計競技」によって市庁舎の設計を行う旨の答申がなされた。
それを受けて、昭和53年8月より、昭和54年3月まで設計競技が行われた。その目的としたところは、沖縄の地域特性を体現し、市のシンボルとして長く市民に愛される市庁舎を建設するための案を求めることであった。
この呼びかけにこたえて、全国より308案もの応募が第1次段階においてあり、このうちより5案を選出して2段階目の競技を行った結果、Team Zoo (象設計集団+アトリエ・モビル)の設計案が入選と決定した。設計の条件としては、敷地の立地条件、気象条件を生かすことはもちろん、省資源、省エネルギーを考慮し、大規模な空調方式に頼らないこと、地場材料・地元の施工技術を使いこなすこと、社会的弱者への配慮を行うこと、などが要求され、これに添って昭和55年1月実施設計案が作成された。
(3) 計画の4つの柱
ア 連続する地域環境の中で・・・
(ア) 新しいアサギ広場をまちの中に アサギ広場にこそ沖縄のコミュニティが凝縮されている。市庁舎 は、まちにそびえる白亜の殿堂ではなく「むらからまちへと連続 する地域環境の文脈」のなかで捉えたい。市庁舎は新しいアサ ギ広場が必要である。
(イ) アサギの形態が建築のストラクチャーを決定する アサギの建築様式は、軒が深く屋根を柱で支えている素朴なも のである。これが風を取り入れ強い日差しから守る沖縄の建築 の原点である。この原点を市庁舎のストラクチャーとして形態と 平面を決定していった。
イ 市民に開放された庁舎
(ア) 自主管理ゾーンを持つ市庁舎 アサギテラスと直結する市民サロン会議室(夜間利用可とする) を市民の自主管理ゾーンとする。そこでまちづくりや民業論の話 に花が咲く。
(イ) 市民と行政の気軽な対話の場 アサギテラスは、あらたまった応接間や会議室ではなく、気軽な 雰囲気の対話場である。
ウ 2つの表情をもつ庁舎
(ア) 大自然に呼応する環境構造線による敷地計画 名護岳、嘉津宇岳、名護湾、21世紀の森公園を結ぶ4本の軸 線が、まちにひらく大広間、公園から湾にひらく日陰の広場、ア サギテラスの方向性を決定する。
(イ) まちに向かうヒューマンスケール 住宅やマチヤグワァ、小ビルの建ち並ぶ街並みに連続する市庁 舎の表情はアサギテラスの積層するヒューマンスケールの世界 だ。
(ウ) 海に向かうスーパースケール 南側は国道バイパス、21世紀の森などの広々とした大スケール の環境が広がる。市庁舎の表情はこれらに呼応して、すくっと立 ち上がるのびやかな表情をもつ。
エ 光と風と太陽と緑
(ア) 風のミチをつくる 外廊下、室内を貫通する風のダクト、高い欄干と床上の通風孔 を交錯させ風のミチをつくる。
(イ) 熱をさえぎる屋根 二重スラブ、土をのせた屋根、アサギテラスのルーバーなどは、 太陽熱を遮断する。
(ウ) 光と熱と緑が建物の表情をつくる アサギのルーバーが落とす小さな日陰、公園に連続するピロティ の大きな日陰など、人のあつまりに応じたいろい ろな日陰をつく る。アサギのルーバーはブーゲンビレアやウッドローズがからみ 緑で市庁舎をおおうこともできる。
(エ) 分舎式の間取り 最も市民の出入りの多い1階は将来増築の可能性が高い。構 造体と切り離した分舎式平面はフレキシビリティの高 いものであ る。
庁舎は、市政施行10周年の記念事業として、昭和55年3月に着工、昭和56年4月に竣工した。市民の長年の念願であった市庁舎が、地域の風土的特性を十分に盛り込んで、この名護市にできあがった。
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