ページの先頭です。
 

○名護市役所トップページに戻る
○文字を大きくするには
○サイトマップ

文字サイズ文字色変更が行えます。

 

名護市概要

名護市庁舎概要

名護市の自然

人口、世帯推移

土地等

名護市の歴史1

名護市の歴史2

名護市の芸能と民話

名護市の文化財と史跡

偉人

名護市史の本

 ■ 名護市の偉人

 名護親方(ナグウェーカタ) 程順則(ていじゅんそく) 

 程順則は、1663年、那覇の久米村に生まれた。順則というのは中国名で、沖縄の名前では「寵文(ちょうぶん)」という。近世の沖縄を代表する政治家である。66歳のとき、名護間切の総地頭(そうじとう:今の市長)となり、名護親方と称するようになるが、その功績や人徳から尊敬を集め、名護聖人とも呼ばれた。
 彼は、また文学者、教育者としても名高く、漢詩集を出したり、1718年には琉球で初めての学校「明倫堂(めいりんどう)」を設立している。
 程順則は、20代の頃から5回中国に渡って学問を深めている。程順則が中国から琉球に持ち帰った教訓書である「六諭衍義(りくゆえんぎ)」には、人が人として守らなければならない六つの教え(六諭)が分りやすくまとめられている。この本は、八代将軍吉宗に献上後、和訳され、江戸時代の寺子屋の教科書として全国に広く普及し用いられた。彼が亡くなったあと、名護間切番所(今でいう市役所)では、毎年旧暦の元旦に「御字拝み(ミジウガン)」といって、「六諭」の書を掲げ、遺徳を偲んでいる。この儀式は現代にも引き継がれている。


名護博物館前に建つ程順則像


 ■ 六諭(聖諭)

 

六諭(聖諭)

孝順父母
父母(ふぼ)に孝順(こうじゅん)なれ
父母に孝行しなさい

教訓子孫
子孫(しそん)を教訓(きょうくん)せよ
子孫を教え導きなさい

尊敬長上
長上(ちょうじょう)を尊敬(そんけい)せよ
目上の人を尊敬しなさい

各安生理
各(おのおの)生理(せいり)に安(やす)んぜよ
各々の生業にあまんじなさい

和睦郷里
郷里(きょうり)は和睦(わぼく)せよ
村里にうちとけなさい

毋作非為
非為(ひい)を作(な)すなかれ
悪いことをしてはならない

 

更新日:2014年2月3日

Copyright(C) 2007 nago city public office. All rights reserved

 

ページの終端です。