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名護親方・程順則(なごうぇーかた・ていじゅんそく)

 程順則(ていじゅんそく)は、1663年に那覇の久米村で生まれました。順則というのは中国名で、沖縄の名前では「寵文(ちょうぶん)」といいます。近世の沖縄を代表する政治家で、66歳のとき、名護間切の総地頭(そうじとう:今でいう市長)となり、名護親方(なごうぇーかた)となのります。名護にいたのは7年間でしたが、その功績や人徳から人々に親しまれ、名護聖人(なごせいじん)とも呼ばれました。程順則の銅像

 彼は、文学者・教育者としても知られていて、漢詩集(かんししゅう:中国語の詩集)を出したり、1718年には琉球で初めての学校「明倫堂(めいりんどう)」を設立しました。

 程順則は、21歳・27歳・34歳・44歳・58歳のときに中国に留学して、学問を深めています。1708年に程順則が中国から琉球に持ち帰った教訓書「六諭衍義(りくゆえんぎ)」には、人が人として守らなければならない六つの教え(六諭)がわかりやすくまとめられています。この本は八代将軍徳川吉宗(とくがわよしむね)に献上(けんじょう)されたあとに日本語に訳され、江戸時代の寺子屋(てらこや)の教科書として日本全国に広まりました。

 1734年、程順則は72歳でこの世を去りました。彼が亡くなったあと、名護間切番所(なごまぎりばんじょ:今でいう市役所)では、毎年旧暦の元旦に「御字拝み(ミジウガミ)」といって、「六諭」の書を拝んで、程順則の徳をしのびました。

 2008年は「六諭衍義」が琉球に伝来してから300年の節目の年になります。これを記念して、「六諭」を写した石碑が程順則の銅像の横に建立されました。これからも「六諭」の教えを忘れずに伝えていきたいものです。

 六諭石碑

孝順父母「父母ふぼに孝順こうじゅんなれ」
父母に孝行しなさいという教え

尊敬長上長上(ちょうじょう)を尊敬(そんけい)せよ」
目上の人を尊敬しなさいという教え

和睦郷里「郷里きょうりは和睦わぼくせよ」
村里にうちとけなさいという教え

教訓子孫「子孫しそんを教訓きょうくんせよ」
子孫を教え導きなさいという教え

各安生理おのおの)生理せいり)に安(やす)んぜよ」
各々の生業にあまんじなさいという教え

毋作非為「非為(ひい)を作(な)すなかれ
悪いことをしてはならない
という教え

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